毎晩ホン直しさせられた緒形拳より、一字一句変えない仲代達矢の方が怖い
――「殺し」(00)や「歩く、人」(01)に出演した緒形拳さんとはタイプが違います。
全然違いますね。緒形さんはいわゆる独立系で、仲代さんは東宝をメインにメジャー系。考え方、現場での(身の)処し方、全部違う。緒形さんとには、2本とも現場でホン直しを命じられました。その日、撮影が終わると呼び出されて「あのさ、明日の撮影なんだけど」と自分の台本を広げる。達筆な字で書き込みしてある。バッテンがつけられて「このセリフなし」とか(笑)。「直してくれないと、おれ帰るよ」なんてニコニコしながら、鋭い目で僕を見る。毎晩、ホン直しです。直さなくてもいいようなところまで直しました。朝までかかって、体を壊すくらいしんどかった。
だからもう、そういう思いだけはしたくなかった。仲代さんに決まった時「現場での台本直しはしたくないので、問題点があったら今すぐ言ってもらえませんか」と言った。そうしたら「一字一句変えません」と。半信半疑だったが、一言も台本に注文は付けなかった。ひたすら役者に徹していた。
でもどちらかと言うと、仲代さんのほうが怖い。出来上がりを見るまで僕に距離を置いてますから。緒形さんはしつこいくらいコミット(関与)してきますが、どこか一緒に作っている感がある。仲代さんは現場に役者として来るだけで、終わったらさっと帰る。「春との旅」では大滝(秀治)さんや淡島(千景)さんもそうでしたが、仕事が終わったらさっさと帰る。役者同士で話すこともなかった。だから撮影が果たし合いのような雰囲気。真剣勝負で、ピリピリした現場でした。
――それまでの監督の映画の作り方とは違いますが。
いや、それが理想でした。真剣に、脇目もふらず映画作りに専念する。でもなかなかそうならない。若い役者同士が仲良くなる。スタッフと無駄口をたたく。馴れ合いが生まれてしまう。たまらなく嫌でした。何カ月も、何年もかけて作った企画、シナリオです。撮影でスタッフが入るとお祭り気分。もの作りからほど遠くなっていく。しかし、仲代さんのような役者は、セットに入って芝居をやる、その一点だけで現場にいる。無駄口は一切ない。ただただ凄い緊張の中で、撮影が進んでいく。映画作りの厳しさと面白さに、やっと触れた気がします。
――今回も現場はそうでしたか。
今回も無駄口はなかった。余裕もなかった。長いワンカットの芝居が多く、すごくみんな緊張していました。演じ始めれば役者は夢中になってやるだけですが、スタッフはカットまで息もつけない。スタッフの緊張の度合いは凄い。ちょっとしたミスも許されない。録音マンの竿を持つ手は震えている。(空腹で)スタッフの一人の腹が鳴るんですよ。連鎖的に次々と鳴る。腹の虫だけは誰にも止められない(笑)。
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