2014/3/31

映画「ダブリンの時計職人」/仕事と家を失ったホームレスが前を向いて歩き始めるまで

アイルランド、ダブリンの冬。海岸沿い駐車場に、古ぼけた車が停まっている。朝、ドアを開けて出てきた五十がらみの男は、ひげをきれいに剃り、トランクのタンクから水を出し、身だしなみを整えた。窓ぎわの小さな植物にも水をやる。

男の名はフレッド(コルム・ミーニイ)、元時計職人。英ロンドンで失業して帰国し、家もなく車に寝泊まりしている。失業手当ての支給を申請しているが、役場の職員はけんもほろろ。簡単に仕事も見つからず、路上暮らしの出口は見えなかった。

憧れの女性はピアノ教師

同じ駐車場に青年カハル(コリン・モーガン)がやって来る。父親とそりが合わず、家を飛び出したカハルは、フレッドと「隣人」として付き合い始める。ある日、フレッドは町のスイミングプールで女性ピアノ教師のジュールス(ミルカ・アフロス)に出会って一目ぼれ。カハルに背中を押され、彼女に会いにプールへ通うようになる。

一方、カハルは麻薬に手を染め、売人と金銭トラブルを起こしていた。フレッドには「足を洗った」と言うものの、裏社会と手が切れない。駐車場の二人の「家」に、冷たい海風が吹きすさぶ。二人はいつかここから離れ、新たな一歩を踏み出せるのか──。

アイルランドの街角を舞台に、不器用な大人たちの人生の模索、再生を描く「ダブリンの時計職人」。ドキュメンタリー出身のダラ・バーン監督による長編デビュー作だ。仕事と家を失い、アイデンティティーに不安を抱えるホームレスが、人に出会って助けられ、前を向き歩き始める。

バーン監督は多くのホームレスに聞き取り調査を行い、「ダブリンの片隅から聞こえる声なき声」を投影させたという。監督は「社会の片隅に追いやられた時、人は何かを学ぶ。何もかも失い、自分と社会について発見し、人生とより深く見つめられるようになる」と話す。

フレッドとカハルの現実は、決してやさしいものではない。しかし、人は人とつながってこそ、生きる力を得られることを、この静かな映画は描いている。


「ダブリンの時計職人」(2010年、アイルランド・フィンランド)
監督:ダラ・バーン
出演:コルム・ミーニイ、コリン・モーガン、ミルカ・アフロス
2014年3月29日(土)、新宿K's Cinema、渋谷アップリンクほかで公開。作品の詳細は公式サイトで。

記事提供:映画の森

* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。

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