映画「アンジェリカの微笑み」/死んでいるはずの彼女が目を開き、イザクに微笑みかけた――
雨の降りしきる夜。さる富豪の邸宅から、執事が町の写真館にやってくる。緊急な撮影の依頼だったが、あいにく館主は不在。代わりに、写真を趣味とする若者イザクを推薦される。「夭逝(ようせい)した令嬢アンジェリカの死に顔を撮ってほしい」。執事から注文を受けたイザクは屋敷に向かう。
ソファに眠るように横たわったアンジェリカ。イザクはその顔にレンズを向け、ファインダーを覗く。アンジェリカの顔が焦点を結んでいく。と、次の瞬間、驚くべきことが起こる。死んでいるはずのアンジェリカが目を開き、イザクに微笑みかけたのだ。帰宅したイザクは、現像した写真を見てみた。すると、彼女は再び同じ微笑みを浮かべた――。
ある夜、アンジェリカはゴーストとなってイザクの前に現われる。二人は恋人のように抱き合いながら空中を飛翔する。この部分は幻想的なモノクロ映像となっており、サイレント期に欧州で作られたファンタジー映画の雰囲気が漂う。明らかにこの世のものならぬムードである。アンジェリカがこの世に甦ったのではなく、イザクがあの世に召喚されているのだ。ベッドで目覚めて、夢と知るイザク。だが、その後もアンジェリカは現れる。そしてついにイザクは――。
現役のまま106歳で生涯を閉じたマノエル・ド・オリヴェイラ監督
死人であるアンジェリカは、イザクにとって運命の女性である。イザクは彼女に魅入られ、徐々に彼女のいる冥界に引き込まれていく。素朴なまでにロマンチックな物語を、撮影時101歳だったオリヴェイラ監督は、臆面もなくストレートに映像化している。
とはいえ、全編ロマン一色というわけではない。イザクと宿の女管理人や農夫たちとの交流の部分はリアルに撮られていたり、物乞いとのユーモラスなやりとりが何度も反復されたりと、一枚岩の作りではないところが、オリヴェイラ流である。
インタビューで「映画とは何か」と問われたオリヴェイラは「リアリズムと幻想と喜劇」と答えている。リアリズム一辺倒でもなく、ファンタジーというジャンルにこだわるのでもなく、喜劇の枠にしばられるのでもなく、すべてを絶妙に配合して1本の映画を構成する。そのスタイルは、本作の前に撮られた「ブロンド少女は過激に美しく」(09)や、「夜顔」(06)にも共通するもので、いずれも独特のシュールな味わいが特徴だった。
今年4月、現役のまま106歳で生涯を閉じたポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ監督。エリック・ロメールやアラン・レネ同様、最後まで老成円熟とは無縁の、若々しき巨匠であった。
監督:マノエル・ド・オリヴェイラ
出演:リカルド・トレパ、ピラール・ロペス・デ・アジャラ、レオノール・シルヴェイラ、ルイス・ミゲル・シントラ、イザベル・ルート
2015年12月5日(土)、Bunkamuraル・シネマほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
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