2014/2/26

映画「僕がジョンと呼ばれるまで」/認知症患者が自分を取り戻していくまでのドキュメンタリー 東北大のプログラムを米国で実践

「僕の名前を知っていますか」。老いた彼女は首をかしげ、しばらく考える。「分からないわ」。「僕の名はジョン・ロデマン」

米オハイオ州クリーブランド。ジョンが働くのは、認知症の高齢者が暮らす介護施設だ。中には症状が進み、子供の名前さえ忘れた人、呼びかけにまったく反応しない人もいる。

2011年5月。施設で「学習療法」への取り組みが始まった。日本の東北大学で開発されたプログラムで、脳の活性化と症状の進行停止が目的だ。対象は入居者23人、期間は半年。メンバーは読み書き計算など、簡単な課題を日々こなしていく。

そのうちの1人、エブリンは93歳。アルツハイマー型認知症で、入居者の中でも特に症状が進んでいた。数字がついたコマを同じ数字の盤面に置く課題も、指示が理解できず、あきらめてしまう。かつて婦人服店に務め、いつもきれいに化粧をし、家族思いで社交的だった彼女。今は日々生活することも難しく、娘や息子は戸惑っていた。

昔上手だった編み物も再開

快活で意欲的なビーは90歳。歌の会などには積極的に参加するが、自分の子供の数や名前を忘れてしまう。さらに、昔は女性タクシー運転手だったメイ。88歳になった今は、話しかけても反応がなく、いつも無表情だ。彼女たちはみな、毎日一緒に過ごすジョンの名前を覚えていない。

しかし学習療法を続けるうち、次第に変化が表れる。エブリンが置ける数字のコマは徐々に増えていき、自分でトイレに行ったり、着替えもできるようになった。会話の受け答えも確実になり、おしゃべりを楽しむようになった。昔上手だった編み物も再開した。

プログラムが始まって5か月。ジョンは再びエブリンに尋ねた。「僕の名前を知っていますか?」「知っているはずよ......ジョン! ジョン、なぜかひらめいたの」──。

認知症の高齢者が脳活性化プログラムに取り組む「僕はジョンと呼ばれるまで」。東北大・川島隆太教授らが開発したプログラムを、米国の介護施設で実践する過程を追ったドキュメンタリーだ。半年間の取り組みで、症状は着実に改善していく。

今は子供の名さえ忘れてしまった高齢者たちも、かつて家族や隣人を愛し、生き生きと日々を過ごしていた。「昔の彼女」を知る人たちが過去を懐かしみ、戸惑う様子に心が痛む。老いは誰もに平等に訪れ、避けがたい運命であることも、胸に迫ってくる。

ジョンを含む施設のスタッフは、声高な強制やコントロールをしない。静かにお年寄りたちに寄り添い、晩年の希望探しに手を添えている。自分の名前が書けたり、軽い冗談を言ったり、簡単な計算ができたり。目の前の彼を「ジョン」と呼ぶだけで、十分に幸せになれることを、改めて教えてくれる作品だ。


「僕がジョンと呼ばれるまで」(2013年、日・米)
監督:風間直美、太田茂
2014年3月1日(土)、東京都写真美術館ホールほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトで。

記事提供:映画の森

* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。

人気キーワードHOT

特集SPECIAL

ランキング RANKING