2013/6/25

映画「アンコール!!」/手に負えない"因業じじい"が魅せる男の弱さ、やるせなさ

英ロンドン。無口で気難し屋のアーサー(テレンス・スタンプ)は72歳。近所でも有名な頑固者だ。対照的に前向きで朗らかな妻マリオン(バネッサ・レッドグレーブ)は、高齢者合唱団で人気を集めていた。

がんを患い車椅子生活のマリオンは、夫にも歌ってほしいと願っている。しかしなかなか首を縦に振ってもらえない。送り迎えには来ても、憮然と室外で待つだけだ。「体が悪いのに、なぜ無理をしてまで歌うのか」。息子(クリストファー・エクルストン)にも当たり散らし、アーサーは孤立感を深めていく。

合唱団にとっての晴れ舞台、コンクール予選の日が来た。マリオンは初めてのソロを歌い上げ、夫に満面の笑顔を見せる。しかし、2人の幸せな日々は終わりに近付いていた。アーサーは悔やむ。「長く君を幸せにできなかった」。マリオンは微笑む。「私は幸せ。あなたが気難しい顔で現れた日から、付き合う覚悟はできていた」。妻の思いを受け、アーサーはひとり合唱団の扉を叩く──。

「コレクター」の頃から変わらないテレンス・スタンプの冷たい瞳にひきつけられる

老境を迎えた頑固な男が、歌とともに人生の再スタートを切る「アンコール!!」。悪くいえば地味でありふれたテーマで、全体に善の空気が漂う中、画面に緊張感を与えているのが、スタンプの存在感だ。

アーサーはちっともかわいくない。人の善意を踏みにじり、好意を逆手に取り、相手の神経を逆なでする。手に負えない"因業じじい"だ。しかしスタンプは、表情や間合いに丁寧な工夫をこらし、男の弱さ、やるせなさをじわりとにじませる。受けるレッドグレーブの包容力、頼もしさとの絶妙なコンビネーション。

スタンプの冷たい瞳、冷め切った態度は、若き日の代表作でカンヌ主演男優賞を獲得した「コレクター」(65、ウィリアム・ワイラー監督)から変わらない。憧れの女性を遠くから見つめ、蝶を収集するように拉致監禁する誘拐犯。老いたドラッグ・クイーンを演じた「プリシラ」(94)でも悪態をつき続け、簡単に心を開かなかった。そんな役柄に観客を共感させるのは、大変な力技が必要だろう。しかしまたしても、まんまとアーサーの孤独に引き付けられた。

今回は「老人」を演じるのに戸惑ったというスタンプ。「不安だった。できないと思ったわけではなく、役との開きを感じただけ。アーサーは自分より年上なわけではないが、年上のような役作りをした」。本心なのか強がりなのか皮肉なのか......相変わらずのひねりに、内心にやりとしてしまうのだ。


「アンコール!!」(2012年、英国)
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
出演:テレンス・スタンプ、バネッサ・レッドグレーブ、ジェマ・アータートン、クリストファー・エクルストン
2013年6月28日TOHOシネマズ シャンテ、7月5日全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

記事提供:映画の森

* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。

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