映画「山河ノスタルジア」/ジャ・ジャンクー監督、チャオ・タオ会見「中国社会の急激な発展に翻弄される人々の姿を描いた」
1999年、2014年、2025年という3つの時代を背景に、一人の女性の半生を描いた中国映画「山河ノスタルジア」。ジャ・ジャンクーと主演女優のチャオ・タオがこのほど来日し、東京都内で記者会見した。ジャ監督は「中国社会の急激な発展に翻弄される人々の姿を描いた」と語った。
暴力的な表現が目立った前作「罪の手ざわり」と比べると、かなり穏やかな印象を与える「山河ノスタルジア」。だが、ジャ監督は「中国社会の急激な発展に翻弄される人々の姿を描いた点は共通している」という。
「たとえば99年にジンシェン(チャン・イー)と結婚したタオ(チャオ・タオ)は、2014年には離婚していて、息子の親権はジンシェンに渡してしまっている。裕福なジンシェンと暮らしたほうが、息子はよい人生を歩めると考えたからだが、このタオの判断には、中国社会の価値観が大きく影響している」
タオとしては、よかれと思っての選択だったろう。だが、それによって彼女は大切なものを失ってしまう。
「僕自身も社会の影響を受け、大事な人と過ごす時間を削るなど、人間的な感情をないがしろにしてきたという思いがある。この映画では、26年という長い時間の中で、タオが自分本来の姿から遠ざかっていく。多くのものを手に入れるが、その代償として感情を失っていく。そのプロセスを映画にしたかった」
父が生きていた時は、家族のことなど気にとめなかった
そんなジャ監督の意を受けて、ヒロイン役を演じたチャオ・タオ。「プラットホーム」(00)以来、ジャ監督の全作品に出演してきたが、25歳から50歳まで3つの年齢を演じ分けるのは初めて。大きなチャレンジだったが、2つの経験が演技上の助けとなった。
「00年に『プラットホーム』で若者の一人を演じた。13年にはイタリアのアンドレア・セグレ監督作品『ある海辺の詩人 小さなヴェニスで』で、母親役を演じた。この2つの役柄を経験していたことが、タオを演じるうえで大きな参考になった。興奮しやすく喜びをストレートに表現する若き日のタオと、情感豊かだが身体的には若さが失われていく中年期のタオ。情感と身体をそっくり入れ替えるような演技を目指しました」
脚本にはタオの人生がすべて書かれているわけではない。空白部分は想像で補ったという。
「撮影前に、タオがどんな人生を歩んできたかという、彼女の伝記のようなものを書いてみた。それによってタオが自分の中で熟成し、撮影現場に入ったときには、私の中にタオという女性が出来上がっていました」
冒頭ディスコのシーンで流れるのは、ペット・ショップ・ボーイズのヒット曲「Go West」。ジャ監督は99年という時代を象徴するものとして選んだという。
「99年は、中国にとって2回目の大きな経済改革がスタートした年。その年、若者は何をしていたかと考え、最初に頭に浮かんだのがディスコだった。中国でディスコが流行り始めたのは、90年代の半ばぐらい。後半になると、大都市から小さな町へも波及していった。僕もよく通っていたが、当時とても人気のあったのが「Go West」。あの時代の若者の気持ちを反映した曲だった。"前進していこうよ、きっと何かが変えられるよ"。そんな内容の詞だったと思う」
音楽とともに重要な役割を果たしているのが風景だ。99年のパートでは山西省・汾陽(フェンヤン)の風景、そして25年のパートでは息子が夫とともに移住したオーストラリアの風景が映し出される。2つの風景には明らかな違いがある。
「風景は人間の記憶と結びついている。たとえば、僕は黄河の風景を見ると、大学時代に黄河のほとりで花火をした記憶が蘇る。99年の背景となっているのは、まさにそういう風景。登場人物たちが生まれ育ち、愛情を育んだ記憶が染みついている。人間と風景との関係は濃密だ。一方、25年のオーストラリアは、仮住まいのような、よそよそしい風景。故郷から隔絶した場所で、人間との関係も希薄だ」
14年のパートでタオは父親を亡くすが、ジャ監督も06年に父親と死別している。
「父が生きていた時は、家族のことなど気にとめなかった。しかし、父が死んで、自分は家族の一員だということを改めて意識させられた。実家から帰るときのことだった。母が家の鍵を手渡してくれた。僕が実家の鍵を持っていないことを、母は知っていたのだ。これはつらかった」
タオと同様に、若い時は気づかなかった家族の有り難さ、人間的な感情の大切さを噛みしめるジャ監督。
「人生はある年齢に達しないと分からないこともある。しかし、映画ではその年齢にならなくても、それを体験できる。だから若い人にもぜひこの映画を見てもらいたい」
監督:ジャ・ジャンクー
出演:出演:チャオ・タオ、チャン・イー、リャン・ジンドン、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャン
2016年4月23日(土)、Bunkamuraル・シネマほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。