映画「わたしの名前は...」/性的虐待を受ける12歳の少女と中年トラック運転手のロードムービー
少女は父親から性的虐待を受けている。逆らえない。逃げられない。母親にも打ち明けられない。必死に平静を装うが、内心は地獄である。助け舟となったのは、学校の夏合宿。これで父親から解放される。少女は喜々として家を出る。しかし、合宿が終わって帰宅すれば、悪夢の日々が待っている。
それが嫌だからだろう。少女はトラックに乗った。運転手は英国人。フランス語は話せない。それでも気持ちは通じ合う。妻子を亡くした中年男と、12歳の家出少女。それぞれ心に傷を負った二人の逃避行が始まった――。
ショッキングな結末。それは、命がけで少女を守るために男が下した決断
ファッション・デザイナーのアニエスベーが、本名のアニエス・トゥルブレ名義で初めてメガホンをとった。これまでもプロデューサーとして、ハーモニー・コリンの「ミスター・ロンリー」(07)を始め多くの映像作品にかかわってきたアニエスベー。監督、脚本、撮影の一人三役をこなし、華々しいデビューを飾った。
映画のメーンをなすのは、少女とトラック運転手とのロードムービーの部分だ。砂浜で一人遊びをしていた少女が、通りかかったトラック運転手と視線を交わす。一瞬で男にひかれるものを感じたのだろう。彼の運転するトラックの荷台にこっそり潜り込む。だがあっけなく発見され、助手席に移動。そのまま彼の"相棒"となる。男に名前を聞かれた少女は「わたしの名前は...」と言いよどむ。ワケありと察知したか。男はそれ以上追及しようとしない。
ちょっぴりワイルドな風貌だが、思いやりにあふれた、男らしい男。言葉の壁など軽々と超え、少女は男と親密な関係を築いていく。日本人ダンサーのカップルや放浪の哲学者たちとの出会いも楽しみながら、男との旅は少女の心に忘れがたい思い出を刻んでいく。
おぞましい序盤から一転、解放感に満ちた中盤の展開は、メルヘンのように晴れやかだ。だがアニエスベーは、この幸福感あふれる流れに、突如として父親のトラウマを滑り込ませ、見る者をハッとさせるのである。こういう繊細な演出は随所に見られ、この監督がただものでないことを感じさせる。
同じように少女と中年男が旅をする映画に、ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」(73)があった。同じように旅の終止符は突如打たれる。しかし、その終わり方はまったく対照的だ。主人公たちの姿をゆっくりと観客の視界から遠ざけ、余韻を高めていく「都会のアリス」に対し、本作は唐突かつ暴力的である。思わずあっと声を上げてしまいそうな、ショッキングな結末。だがそれは、命がけで少女を守るために男が下した、崇高な決断の結果なのだ。
監督:アニエス・トゥルブレ(アニエスベー)
出演:ルー=レリア・デュメールリアック、シルヴィー・テステュー、ジャック・ボナフェ、ダグラス・ゴードン、アントニオ・ネグリ
2015年10月31日(土)、渋谷アップリンク、角川シネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
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