3年前に失踪した夫が、ある日ふらりと帰ってくる。驚く妻に、夫は「俺、死んだよ」と告げる。あっけらかんと発せられた言葉を、妻は黙って受け入れる。さらに夫は3年間に旅してきた場所を、一緒に再訪しようと誘いかける。妻はあっさり承諾する。
あ然とさせられるオープニングである。死者があの世から舞い戻ってくるだけなら、別に珍しくはない。SFにはよくある設定だ。だが、その次が何とも奇抜である。夫が死後に過ごした土地を夫婦で訪ね歩くというのだ。こんな話は聞いたことがない。
要するに死んだ後の3年間、夫がどこで何をしていたか、誰と過ごし、何を考えていたか――。そういったことを、夫を案内役として妻が発見、確認していく映画なのである。
黒沢清監督のワールド全開
湯本香樹実の同名小説を原作としているが、SFやファンタジーの要素を加えず、通常のドラマの枠内で映像化している点に、黒沢清監督の独自性がある。生者である妻と死者である夫とを、視覚的に全く差別化していないのだ。生者と死者が同一次元に共存している。それなのに、少しも違和感を抱かせないのである。黒沢マジックともいうべき、不思議な感覚だ。
夫の優介に扮するのは、浅野忠信。黒沢作品は「アカルイミライ」(03)以来の出演だが、相性がよいのだろう。死後3年もたって突然帰還する難役を、てらいなく演じ切り、黒沢監督の期待に応えている。妻の瑞希には深津絵里。思いがけない再会により、亡き夫との関係を見つめ直し、互いの愛情を確かめていく妻を淡々と演じ、深い共感を誘う。
2人が訪ね歩く町や村。そこには優介と同じようにすでに死んでいる人間も現れる。優介との再会を果たし、吹っ切れたようにあの世へと戻って行く者、家族への未練を断ち切れず、この世にしがみついている者。死者たちにも、それぞれドラマがある。彼らの人生を目撃し、かかわりながら、優介と瑞希は、自分たちの旅の終着点に向かって歩を進めて行く。
死によっても分かつことのできない、究極の夫婦愛を描くメロドラマ。だが、シリアス一辺倒ではない。あちこちに、ホラーやコメディーの味付けがしてある。シュールなムードもあふれている。小松政夫をはじめ、脇役にいい芝居をさせている。まさに黒沢ワールド全開の作品だ。
「岸辺の旅」(2015年、日本・フランス)
監督:黒沢清
出演:深津絵里、浅野忠信、小松政夫、蒼井優、柄本明
2015年10月1日(木)、テアトル新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
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