戦争末期の東京。空襲におびえながら過ごす19歳の里子は、母親との二人暮らし。若い男は徴兵され、周りは女と年寄りばかりだ。「自分は未婚のまま死んでいくのか」と、不安ともあきらめともつかない気分を抱いている。隣家には妻子を疎開させた市毛という銀行員が住んでいた。体が弱く徴兵をまぬがれた市毛の身の回りを世話するうち、里子は市毛を男として意識するようになる――。
高井有一の同名小説を、脚本家の荒井晴彦が脚色し、自ら18年ぶりにメガホンを取った「この国の空」。戦時中の庶民の生活を、入念な時代考証のもと再現。不倫愛を燃え上がらせる男女の、せっぱ詰まった思いをリアルに表現している。
皮肉な視点で戦争を見つめ直した異色の作品
市毛は杉並の自宅から大森まで通勤している。背広を着てかばんを持ち、今のサラリーマンとあまり変わらぬ格好だ。戦時下であっても、空襲で焼け尽くされなければ、戦前とあまり変わらぬ生活が続けられたのだ。里子たちも同様である。食料など生活物資は乏しいが、困窮にあえいでいるわけではない。
だが、死はつねに身近にある。里子の母としては、恋も知らず死んでいく娘が不憫(ふびん)である。だから、平時なら決して許さなかっただろう娘の不倫を、あえて黙認している。祝福もされないが、白眼視もされない、里子と市毛との刹那的な恋愛。それが戦争末期にどう展開していくかが、最大の見どころである。
ある日、配給の米を取りに大森へと出かけた二人は、神社で接吻寸前まで急接近。その日から里子は市毛のことで頭がいっぱいになる。熱くほてった体を持て余し、夜風で冷ますが足りず、裸になって井戸水で体をふく。男の家を訪ね、巧みに誘惑し、関係を持つのである。
恋にのめり込んだ里子は、市毛が宿直や所用で家を空けると、すぐに焦(じ)れてくる。職場の目も気にせず電話をし、市毛を困らせる。そんな日が続いたある日、市毛は友人の記者から近々戦争が終結することを知らされる――。
終戦は二人を取り巻く環境を激変させるだろう。それは里子にとって、別の意味の戦いの始まりでもあるだろう。戦争が終わって誰もが喜んだわけではない。戦争の継続を望んだ人々も存在したのだ。
単なる恋愛ドラマではない。皮肉な視点で戦争を見つめ直した異色の作品である。
「この国の空」(2015年、日本)
監督:荒井晴彦
出演:二階堂ふみ、長谷川博己、富田靖子、利重剛、上田耕一、石橋蓮司、奥田瑛士、工藤夕貴
2015年8月8日(土)、テアトル新宿、丸の内TOEI、シネ・リーブル池袋ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。