北海道函館市に生まれた小説家・佐藤泰志の「そこのみにて光輝く」。41歳で自ら命を絶った作家が唯一残した長編だ。熊切和嘉監督「海炭市叙景」(10)に次ぐ佐藤作品の映画化で、「酒井家のしあわせ」(06)、「オカンの嫁入り」(10)の呉美保監督がメガホンを取った。
千夏は水産工場で働きながら、夜はスナックで売春
函館の夏。達夫(綾野剛)は仕事もせず、安アパートで日々をやり過ごしていた。パチンコ屋で隣に座った青年・拓児(菅田将暉)にライターを貸し、「お礼に飯をごちそうする」と自宅に招かれる。海辺に立つバラック作りの一軒家。時代から取り残されたように古びた家だった。
拓児の家族は寝たきりの父、介護する母、姉の千夏(池脇千鶴)の3人。達夫の予期せぬ訪問に、千夏はあり合わせの食材でチャーハンを作って出す。隣の部屋から父の声がする。体の効かない父は性欲が抑えられず、妻を求めていた。達夫と千夏の間に気まずい空気が流れる。
3人はどん底をもがきながら生きていた。山の砕石場で働いていた達夫は、ミスで同僚を死なせて休職。社会復帰のきっかけをつかめずにいた。拓児は事件を起こして入った少年院から仮釈放中。千夏は水産工場で働きながら、夜はスナックで売春していた。達夫と千夏はひかれ合うが、千夏には男がいた。上司の中島(高橋和也)だった。拓児の世話を頼んでいる手前、別れられずにいたのだ。
生きる目的を見出せずにいた3人だが、出会ったことで何かが動き始める。達夫は千夏を愛することで、山へ戻る決心がつく。町の大衆食堂でささやかに「船出」を祝う3人だが、あきらめの悪い中島が立ちはだかる──。
「そこのみにて光輝く」の小さな世界には、退廃的な空気が満ち満ちている。虚無感に包まれ、殺風景な達夫のアパート。生活臭がにじむ千夏と拓児の家。夜な夜な売春が行われるさびれたスナック。うらぶれたロケーションが効果的だ。
達夫と千夏は欲求をぶつけ合いながら、心の隙間を埋めていく。わずかに残された希望の光に救われる。綾野、菅田、池脇、高橋ら主要キャストが好演。呉監督は過去の作品より一歩踏み込み、深層心理を深く掘り下げた。心に刺さる力作だ。
「そこのみにて光輝く」(2014年、日本)
監督:呉美保
出演:綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平
2014年4月19日(土)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。