キラキラしたものがとにかく好き。どんなにオーガニックな食生活をし、ヨガにはげみ摂生していても、どうしても草木染め一辺倒の洋服にはなれない。でも、ジャラジャラしているのは嫌い。男の金のネックレスや数珠なんてもってのほか。所詮、女はキラキラしたものに目がない。それがたとえフェイクだったりしても...。
昔、仕事したイラストレターの人は言っていた。「人間は光るものに本能的に目がいく。男のためを考えるとだからこそ光をまとった美しいグラマラスな女性を描きたい」
彼が描く絵は、金属的なボディースーツを身にまとった女性や、憂いを帯びて光る唇、強く大きな輝く瞳の女性だ。動物の本能は光を求めてさまよう。夏の虫が火に群がり燃えていき、深海の生き物をおびき寄せるためにサーチライトを使う。光のある方へと向かって命落とすことになる。
これって児童虐待じゃないの
人間も1度スポットライトをあびたら、後には戻れない。輝く光を一身に受ける快感は、経験した者にしかわからないあの快楽の瞬間を求め、その光に人は時に人生を狂わす。これは何も芸能界だけではない。本物の宝石には手が届かなくても、ビジューをまとっていたい!それが女ゴコロである。
女の本性は怖い。たとえば、子供専用の写真スタジオ。そこで撮られる子供たちの残虐さといったら、目を覆うばかりだ。まだやっと座ることができるような女の赤ちゃんが、ヒラッヒラのドレスを着せられていたり、男の赤ちゃんは貴公子の軍服姿にさせられていたりする。
さらに、ないわ~と思ったのは、野菜や動物の着ぐるみで撮影だった。ドキュンネームが虐待と叫ばれるのであれば、こんな親のエゴでブリブリの格好をさせられている子供も悲劇の1つなんじゃないかって思っちゃう。まるでペット。お宅のダックスフンドかチワアかマルチーズに洋服を着せるのと同じ感覚で、わが子に(そういう意味では同じなんだけど)大金をはたいてコスプレさせているわけですから...。
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。