第二次世界大戦末期。帰還兵のフレディ・クエルは、戦場で心に傷を負い、大量の飲酒で精神の均衡を保っている。除隊後はカメラマンとして働くが、酒で客とトラブルを起こして失職。その後は放浪の日々を送っていたが、ある夜酔った勢いで乗り込んだ船で、宗教団体の"マスター"(教祖)ことランカスター・ドッドと出会い生き方を変えていく――。
心の壊れた男と、心を操る男 対極をなす二人に何が起こるのか
米アカデミー賞など世界の映画賞を席巻した「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(07)から5年ぶり。ポール・トーマス・アンダーソン監督が、当代きっての演技派2人、ホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンを起用。再び壮大な人間ドラマを生み出した。
見どころは全編だ。凡庸なシーンは一つもない。フェニックスとホフマンの緊迫した演技は、一瞬たりとも弛緩しない。観客はのっけから1950年代の米国に投げ込まれ、時代の空気を思い切り味わいながら、すさまじい人生を追体験するだろう。
冒頭のシーンから、ぐいと引き込まれるはずだ。終戦間際の南の島でレクリエーションにふける水兵たち。そのうちの一人であるフレディが、"砂を盛って作った裸の女"を相手に擬似セックスを始める。躊躇のない一心不乱さに、ただならぬものを感じる。
フレディの破たんした人格は、"マスター"との運命的な出会いまでいくつかのエピソードで描写される。極端にエキセントリックな男の一挙一動から目が離せなくなる。常軌を逸したフレディが、もう一人の怪人物ランカスター・ドッドと布教活動に携わっていく。心の壊れた男と、心を操る男。なんと心躍る設定だろう。対極をなす二人に何が起こるのか。新参者のフレディは、教団にいかなる波紋を広げるのか。
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