一人暮らしの高齢女性、小河市子(八千草薫)。若くして夫と死別し、女手一つで息子を育て上げた。戦後は苦労したが、今は悠々自適の毎日を送っている。
市子には、忘れられない人がいた。疎開先の軽井沢で知り合い、淡い恋心を抱いた少年、謙一郎。今や世界的画家となった彼の個展が、思い出の地で開かれている。意を決した市子は、単、東京から軽井沢へ旅立つ――。
八千草薫ありきで生まれた脚本
故・岡本喜八監督の妻、中みね子の初監督作「ゆずり葉の頃」。岡本監督作品ではプロデューサーとして夫を支え、今回は旧姓「中」を名乗り、監督デビューした。学生時代は脚本家を志したが、結婚を機に断念。夫のサポート役に徹してきた。岡本監督が亡くなって10年。長く封印してきた夢に、初心でチャレンジした。
市子を演じるのは八千草薫。中監督は八千草ありきで脚本を書いたそうだが、初々しく上品なイメージが市子のキャラクターだけでなく、映画全体のムードをも決定づけている。謙一郎役は仲代達矢。岡本監督作品では常連の一人だ。八千草とは何度も共演しているだけに、息はぴったり。
クライマックスで二人が手を合わせて踊る場面は絶品だ。長年心の奥に封じ込めてきた恋心を、童女のように解き放つ市子。受け止める謙一郎。生々しい情念を濾過(ろか)したようなみずみずしいシーンが、新鮮な感動を呼ぶ。
市子は謙一郎に再会するまでに、喫茶店のマスター(岸部一徳)やペンションのオーナー(嶋田久作)など、さまざまな人と出会っていく。その人たちがみんな"いい人"ばかりで、悪い人は一人も登場しない。現実離れしているようだが、映画を1篇のメルヘンとして見れば少しも不自然ではない。
映画がメルヘンとして成立しているとすれば、八千草薫という、いい意味で浮世離れした女優のオーラがすべてを浄化しているからではないだろうか。
「ゆずり葉の頃」(2014年、日本)
監督:中みね子
出演:八千草薫、仲代達矢、岸部一徳、風間トオル、竹下景子、六平直政、本田博太郎、嶋田久作
2015年5月23日(土)、岩波ホールほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。