2014/10/ 9

映画「ミンヨン 倍音の法則」/全編に流れる音楽を素直に楽しめばいい。監督が惚れこんだ天使の歌声

主人公のミンヨンは、モーツァルトをこよなく愛する韓国人女性。和音(ハーモニー)の基礎となる"倍音"について研究しており、「倍音の法則」という小説まで書き進めている。ただし、この映画、特に倍音を中心に展開するわけではない。"倍音って何?"という人も、たじろぐ必要はない。

全編に流れる音楽は、素直に聴いて楽しめばいい。モーツァルトの交響曲41番(ジュピター)、ピアノ協奏曲22番、ピアノソナタ15番、そして日本、韓国、米国の民謡や歌曲。民謡と歌曲はミンヨン自身が歌ってみせる。この歌声が素晴らしい。歌唱時にクローズアップで映し出される笑顔のように、朗らかで清らかな声。かつて「箱根千里」や「紺碧の空」が、これほど豊かな情感を込めて歌われたことがあっただろうか。監督の佐々木昭一郎が、ミンヨンの声に惚れ込んでキャスティングしたという話も納得できる。

夢見る乙女であるミンヨン。「夢の中でこそ過去と歴史にさわることができる」「夢の中でこそ現実にさわることができる」。何かの本に書かれてあったこの言葉を、ミンヨンは何度も口にする。

ミンヨンは祖母の遺品の中に一枚の写真を見つける。写っているのは祖母が戦時中に親しくしていた日本人、佐々木すえ子の家族だ。この写真に心を奪われたミンヨンは日本に渡り、佐々木家の実家を探し当てる。するとミンヨンの夢なのだろう、いつのまにか彼女は戦時中を生きている。

旦部は、70年後の現代で再び暗殺される

ミンヨンは佐々木すえ子になっている。渋谷の街頭で出会い、相棒となったストリートチルドレンの少年は息子に、留学していた大学の級友で、フリージャーナリストの旦部は夫になっている。旦部と同じジャーナリストの夫は、軍部批判の記事を書いたため暗殺される。こうしてミンヨンは「過去と歴史にさわる」ことになる。

この戦時中のパートには、今日の日本社会が重ねられている。ミンヨンの夫となって暗殺された旦部は、70年後の現代で再び暗殺されるのである。

佐々木監督は、あの暗い時代を繰り返させないために、ミンヨンという韓国人女性をヒロインに選んだように思える。日本語と韓国語と英語を自在に操るコスモポリタン。曇りのない目は、偏見も憎悪も吹き飛ばす。澄んだ歌声は無数の倍音を響かせ、世界をハーモニーで包み込む――。そんな願いを、佐々木監督はヒロインに託したのではないか。

テレビドラマの演出家として「マザー」(71)、「四季・ユートピアノ」(80)など数々の傑作を発表し、内外で高い評価を獲得してきた佐々木監督。20年ぶりにメガホンを取った本作でも、みずみずしい感性と型破りな映像スタイルは健在だ。


「ミンヨン 倍音の法則」(2014年、日本)

監督:佐々木昭一郎
出演:ミンヨン、ユンヨン、武藤英明、旦部辰徳、高原勇大
2014年10月11日(土)、岩波ホールほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

記事提供:映画の森

* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。

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