2014/8/30

映画「水の声を聞く」/在日韓国人3世の「偽物の巫女」を中心に描く、先読みさせないストーリーテリング

東京は新宿・大久保のコリアンタウン。マンションの1室で、若い巫女が信者たちに韓国語で託宣を述べている。「水がすべてを洗い流し、樹木が新たな力を生み出してくれます。穏やかな水の心と、柔らかな植物の愛で......」。部屋の隅には満々と水をたたえた水槽が置かれている。宗教団体「真教・神の水」。巫女は教祖であるらしい。

この巫女、儀式が終了するやベランダに出ると、ケータイで友だちとおしゃべりを始める。先ほどまでとはうって変わって砕けた調子。しかも日本語。豹変である。ヒロインの表と裏の顔を鮮やかに対比させた見事な導入部だ。

彼女の名はミンジョン。在日韓国人3世である。祖母が巫女だからと、親友の坂井美奈に勧められ占いを始めたところ、長蛇の行列ができるほど繁盛。これをきっかけに、やがて美奈が創設した「神の水」で巫女の座に就いた。

専門知識もないし、特別な訓練も受けていない。要するに偽物の巫女なのだが、そもそも「神の水」自体が金もうけ目的のインチキ教団なのだ。金の匂いを嗅ぎつけたのか、教団の運営には大手広告代理店の社員である赤尾が一枚かんでいる。

軽い気持ちで引き受けた巫女の仕事。だが、信者とスタッフが増えるにつれ、教祖としての責任が重くのしかかる。カリスマ性が高まるほど、実像とのギャップにさいなまれる。ある日、ミンジョンは突如引退を宣言し、姿を消してしまう。

怒涛のクライマックスへとなだれ込む

偽物を演じる生活に疲れたミンジョンは、韓国人の親せきを訪ね、巫女の奥義に触れることで、真の信仰と使命に目覚める。一方、彼女の思いとは関係なく、欲望、野望、復讐、さまざまな思いにかられた教団内外の人々が、それぞれの存亡をかけた争いを繰り広げていく。争いが頂点に達した時、ミンジョンの身に破滅的な危機が迫る。神は彼女を救ってくれるのか?

ミンジョン。その父親で狂暴なヤクザに追われる三樹夫。ミンジョンの失踪中に巫女役を代行し、新たな教祖の座をうかがう沖田。教団の黒幕として立ち回る赤尾。それぞれの思いが交錯し、大きなうねりとなって、怒涛のクライマックスへとなだれ込む。

多数のエピソードを一つに収れんさせる巧みな構成と、先読みさせないストーリーテリングは、確かな職人の証。笑いと惨劇が同居し、現実と幻想が地続きとなったスタイルはアーティストの印だ。娯楽映画であると同時に、芸術映画でもあり得ている。

ヒロインのルーツに触れる部分で、韓国南端の済州島で朝鮮戦争前後に起きた軍による住民大量虐殺事件「済州4・3事件」に言及。社会派的な色合いを帯びさせつつ、物語を大きく前進させる契機とするなど、山本政志監督は凡人にまねできない芸当も見せる。

キャスティングもいい。ミンジョン役の玄里(ヒョンリ)をはじめ、全員がはまり役といえるほど好演。中でも光るのが、情けない男だが憎めない父親・三樹夫をコミカルに演じた鎌滝秋浩、あやしい魅力で男を手玉に取る沖田を演じた中村夏子。二人の熱演に要注目である。


「水の声を聞く」(2014年、日本)

監督:山本政志
出演:玄里、趣里、村上淳、鎌滝秋浩、中村夏子、萩原利久、小田敬
22014年8月30日(土)、オーディトリウム渋谷ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトで。

記事提供:映画の森

* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。

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