1961年、米ニューヨーク・ブルックリン。フォーク歌手のルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)は、夜のカフェで歌っていた。最近何をやってもうまくいかない。レコードは売れない。家賃を払う余裕もなく、友人の家を転々とする日々だ。
ある夜、ステージを終えて外へ出ると、見知らぬ男が待ち伏せていた。いきなり殴られ意識を失う。目が覚めると、そこは友人の大学教授夫妻のマンションだった。夫妻の留守に外へ出ると、一緒に飼い猫まで出てしまう。しかたなく猫を連れて歩くルーウィン。
不運はそれだけではなかった。女友達のジーン(キャリー・マリガン)が「妊娠した」と言う。中絶費用を用意しようとレコード会社に行くものの、わずかな印税しかもらえない。仕方なく嫌いなポップソングのレコーディングを引き受けるが、ジーンには「負け犬」とののしられる。
金もなく、家もなく、運にも見放されたルーウィンは、音楽への情熱さえ失いそうになる。八方ふさがりを打破すべく、ニューヨークを離れ、新天地を求めてシカゴへ向かうが──。
コーエン兄弟監督の「おかしくて、かなしい人生」
「バートン・フィンク」(91)、「ファーゴ」(96)、「バーバー」(01)に続き、カンヌ国際映画祭で4度目の栄冠(グランプリ)を手にしたコーエン兄弟の「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」。時代は"フォークの革命児"ボブ・ディランのデビュー前夜。無名ミュージシャンの1週間を、ロードムービー風に追った作品だ。
回らないツキ、気まぐれな猫、思うように売れない曲。際立ったスター性も、抜群の容姿もなく、中年に足をかけたルーウィン。ただフォークへの愛情と誇りだけを頼りに、日々を乗り切っている。カメラはそんなルーウィンを励ましも見捨てもせず、淡々と追っていく。視線はほのかに温かい。
ぐるりと一回りしたところで、ルーウィンは自分のいるべき場所──歌を歌う場所に戻る。観客は自分の小さな運不運を画面に重ね、ひそかに共感するだろう。闇に漂うたばこの煙、揺れる猫のしっぽ、古びたカフェのざわめき。コーエン兄弟が描き続けてきた「おかしくて、かなしい人生」は、再び深い余韻を残す。
「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013年、米国)
監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
出演:オスカー・アイザック、キャリー・マリガン、ジョン・グッドマン、ギャレット・ヘドランド、ジャスティン・ティンバーレイク
2014年5月30日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
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