金持ちの夫との優雅で豪奢な暮らしから一転、夫も財産も失ったどん底生活へ。社会の上層から下層へと転落した女が、現実に向き合うことなく、精神を狂わせていく姿を描いた「ブルージャスミン」。近年、ロマンチック・コメディーの続いたウディ・アレン監督が、久々に人間の内面に切り込んだシリアスな一編だ。
ただし「インテリア」(78)や「私の中のもうひとりの私」(88)のように、喜劇的要素を排除したわけではない。主人公ジャスミンの奇矯な言動は、ことごとに笑いを喚起する。物語自体は悲劇的なのだが、人物造形は喜劇的。コメディーの衣をまとったシリアスドラマとでもいったらよいか。
転落の引き金が分かる瞬間、ジャスミンを見る目が一変する
ジャスミンに扮するのは、ケイト・ブランシェット。滑稽で哀れなヒロインを怪演すれすれのリアリズムで演じ、米ゴールデン・グローブ賞、米アカデミー賞など主要な映画賞で最優秀女優賞を総なめにした。
冒頭の機内シーンで、ジャスミンは早くも狂気の片鱗を見せる。隣席の老婦人相手に、どうでもいい身の上話を、一方的にしゃべりまくるのだ。相手の気持ちなどお構いなし。他人には興味がないのだ。重要なのは、自分が上流階級に返り咲くことだけ。失ったものを取り戻したい。そのためには平気でうそもつく。
「ジャスミン」も本名ではない。上流のイメージに合うよう自分で考えて改名した。そんなジャスミンが、他人とコミュニケートできないのは当然だ。いきおい独り言が多くなり、それが彼女の狂気を増幅させる。
そもそもジャスミンはなぜ没落したのか。夫はどんな人物だったのか。子供はいるのか。無一文の彼女を引き取った妹の生活はなぜ貧しいのか。ジャスミンをめぐるいくつかの重大な事実は、彼女の回想シーンで徐々に明らかになっていく。転落の引き金が分かる瞬間、ジャスミンを見る目が一変するに違いない。
過去と現在を往復するジャスミンの意識の流れに沿って、少しずつ謎解きをしながら、彼女の人生を浮かび上がらせる。洗練を極めたストーリー展開。米アカデミー脚本賞で16回目の候補となったアレンの技が冴える。
「ブルージャスミン」(2013年、米国)
監督:ウディ・アレン
出演:ケイト・ブランシェット、サリー・ホーキンス、アレック・ボールドウィン、ピーター・サースガード
2014年5月10日(土)、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
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