予期せぬ事故が、男の運命を狂わせた。
自動車販売企業に務めるアル(ラファエル・ペルソナ)は、近く社長の娘と結婚を控えていた。貧しい家庭に生まれ、修理工から努力を重ね、夢見た成功は目前だった。
ところがある夜、同僚をパーティーで羽目をはずし、通りかかった男性をはねてしまう。動揺したアルは男性をその場に放置。慌てて車で走り去るが、一部始終を見た女性がいた。向かいのアパートに住むジュリエット(クロチルド・エム)だ。急いで救急車を呼んだ彼女は、病院で男性の妻ベラ(アルタ・ドブロシ)に出会う。夫妻は貧しいモルドバからの移民。生活は困窮していた。
一方、会社に戻ったアルは事故の記憶に悩まされ、仕事が手に付かない。新聞で目撃者がいたことに驚き、ひそかに病院へ男性の容態を確かめにいく。その様子を見たジュリエットは、外見からアルが容疑者だと確信。後を追って事故を見たことを告げ、自首を促すが──。
絶望がよぎる冷たい目に、引き込まれずにはいられない
美貌と独特の雰囲気から"アラン・ドロンの再来"と称されるペルソナ。「黒いスーツを着た男」は、彼の魅力ありきのフィルム・ノワール(犯罪映画)だ。貧しく育ち、富と成功を夢見て成り上がる男。完全犯罪を達成したつもりが、ささいなほころびで破滅に向かう展開。ドロンの代表作「太陽がいっぱい」(60)を思い出さずにはいられない。
冷静かつ自制的に、アルの説得を試みたジュリエットが、ある瞬間に同情し、心の中で折れてしまう。つまり「ほだされてしまう」のだ。陳腐なようだが、それだけの説得力を持つ個性である。絶望がよぎる冷たい目と、弱みを隠すよろいの黒いスーツに、引き込まれずにはいられない。
ドロンと比べられることについて、本人は「彼の目は猫科の動物を感じさせる。あの眼力だけは真似できない」と謙遜するが、眼差しはむしろ若き日のテレンス・スタンプに近い。32歳。10代のデビューから着実にキャリアを積み、今年だけで主演6作が公開される売れっ子になった。
オーソドックスな犯罪物語に、フランス移民問題を織り込んだ展開。ジュリエット役のエムら、手堅く的確な配役と演技。闇夜の空気と相まり、深い余韻を残す作品だ。
「黒いスーツを着た男」(2012年、フランス・モルドバ)
監督:カトリーヌ・コルシニ
出演:ラファエル・ペルソナ、クロチルド・エム、アルタ・ドブロシ、レダ・カテブ
2013年8月31日、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。