映画「3人のアンヌ」/韓国の異才、ホン・サンス監督が仕掛ける恋のパラレルワールド
ホン・サンスは言う。「どんな映画を撮ろうとしているのか、最初は自分でも分からない。すべての選択は偶然の産物。人はそこにさまざまな解釈を与える。その日の気分で悲劇的にも、コミカルにも見えるでしょう。求めているのは、俳優と私の間の、定義不可能な錬金術なのです」
人生はそれほど悲劇的でもないし、見方を変えれば陽気にもなれる。
「3人のアンヌ」も、何を語ろうとしているのかうかがえないまま、物語が進んでいく。はっきりしているのは、場所が海辺の町であること。主人公のアンヌ(イザベル・ユペール)が、簡素なホテルを訪れたこと。何人かの登場人物。オレンジ色のシャツを着たライフガード(ユ・ジュンサン)、宿にいる妊婦(ムン・ソリ)と夫(クォン・ヘヒョ)、若い女性(チョン・ユミ)、年配の女性(ユン・ヨジョン)、中年の映画監督(ムン・ソングン)。
アンヌは3人現れ、3つのエピソードが別々に語られる。青いブラウスのアンヌ、赤いワンピースのアンヌ、緑のワンピースのアンヌ。3人のアンヌは、同じ登場人物に異なる状況で出会い、海辺の町を歩き、会話を交わす。
3つのエピソードには、いくつかの物も共通して現れる。ライフガードが寝泊りするテント。アンヌが見に行こうとする灯台。緑の小瓶に入った焼酎。雨降りに備えて持ち出した傘。
散歩の途中でアンヌはライフガードに出会う。彼女に好意を持った彼は自作の歌を捧げる。妊婦の夫はアンヌと微妙な関係で、妻に嫉妬される。若い女性は地理にうといアンヌを親切に案内する──。
繰り返される要素と、繰り返し現れる状況は、ホン・サンス作品の特徴だ。「人生は反復だと思うようになり、私は大げさな解釈やメッセージを語る義務感から解放された」と監督は語る。
そんな彼の作品の核心を、イザベル・ユペールはルイス・ブニュエルの表現を引き「ポエジーや取りとめのない物語、心理的な説明なしに生じる、詩的で非合理な横滑り」と説明。ユ・ジュンサンは「環境を巧みに利用しつつ、偶然に賭ける。2つの奇跡的なバランス」と表現する。
ホン・サンスは何かを主張したり、声高に語ったりしない。「何かを壊して新しいシステムを提示したいわけでもない」という。世界をまるごと切り取り、人生をさまざまに解釈する。くすりと笑えるユーモアで、日々の出来事をなぞっていく。
「なかなか幸せになれないもどかしさを、私たちは誰しも感じている。そのもどかしさに気付くだけで十分ではないか。人生はそれほど悲劇的でもないし、見方を変えれば陽気にもなれるのです」
人は毎日「うまくいかない」と悩んだり、「こうしたい」ともがいたりする。でもたぶん、私たちを救うのは、ライフガードの調子はずれの歌だったり、アンヌが裸足で踏みしめる海辺の砂の感触だったりする。
ある日偶然映画館に迷い込み、ホン・サンス作品に出合い、首を傾げつつ家路につく。私たちの人生は、そんな偶然や横滑りに左右され、きっと案外幸せなのだ。
「3人のアンヌ」(2012年、韓国)
監督:ホン・サンス
出演:イザベル・ユペール、ユ・ジュンサン、チョン・ユミ、ユン・ヨジョン、ムン・ソリ、クォン・ヘヒョ、ムン・ソングン
2013年6月15日、シネマート新宿ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。