スコットランドの名産、スコッチウイスキー。なのに現地では飲んだことのない若者が多いのだろうか。ビールなどよりずっと高価なため、労働者階級の貧しい若者には手が出ないのかもしれない。
「天使の分け前」の主人公ロビーは無職の若者。劣悪な環境で生まれ育ち、けんかばかりしてきた。ウイスキーとは無縁の人生だったが、1人の大人との出会いをきっかけにスコッチの世界に引き込まれ、一気に人生を好転させていく――。
コメディーでも、人の暗部の描写に手心は加えない。監督ローチらしさは健在
英国の名匠ケン・ローチ監督の新作は、前作「ルート・アイリッシュ」(10)の絶望的なトーンから一転。自力で未来を切り開く若者の姿を、明るく爽やかに描いている。
ロビーの人生を変えたスコッチウイスキー。その存在をロビーに教えたのは、中年男のハリーである。暴力事件を起こしたロビーは、裁判所から300時間の社会奉仕活動を命じられ、現場監督を担当したのがハリーだった。
ウイスキー愛好家のハリーは、彼らを蒸留所見学に連れ出す。するとロビーの眠っていた才能が目を覚ます。試しにやってみたテイスティング(利き酒)で、次々と銘柄を的中させたのだ。ハリーは私生活でも力になった。ハリーの励ましを受け、ロビーは次第に自信をつけ、恋人のレオニーと生まれたばかりの息子との生活を真剣に考えるようになる。
だが、レオニーの父親は2人の関係を認めようとしない。父親を納得させるには、確固とした経済基盤が必要だった。そこでロビーは起死回生の一策を思いつく。実行には蒸留所でのオークション参加が条件だ。ロビーは何をしようというのか。何を目論んでいるのか──。「天使の分け前」とは、樽で熟成中に蒸発して失われるウイスキーを指す。これがヒントとなる。
ロビーが作業仲間3人を引き連れ、グラスゴーからオークション会場までヒッチハイクするくだりが楽しい。飲んだくれでちょっと頭の弱いアルバート。"手くせの悪い"女性のモー。のっぽのライノ。スコットランドの民族衣装に身を包んだ珍道中は笑いにあふれ、見る者の心を温かく幸せにしてくれる。
だが、ロビーがレオニーの父親に殴打されたり、喧嘩するシーンの暴力描写は徹底的にシリアスだ。また、酔った勢いで襲い、片目を失明させた男の前で、ロビーが流す後悔の涙には悲痛さが漂う。たとえコメディーを撮ろうと、人間の暗部の描写に手心は加えない。ローチらしさは健在だ。
「天使の分け前」(2012年、英・仏・ベルギー・伊)
監督:ケン・ローチ
出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー、ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン、ジャスミン・リギンズ、ロジャー・アラム
2013年4月13日、銀座テアトルシネマほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。