2013/2/ 8

映画「さまよう獣」/内田伸輝監督、スタイル一新 商業映画へ一歩

「ふゆの獣」(2011)、「おだやかな日常」(2012)と、内田伸輝監督の作品を見てきた者は、「さまよう獣」(2013)のスタイルに面食らうだろう。手持ちカメラによる不安定な映像はない。追い詰められ、思わず生身の自分をさらけ出してしまったような、迫真の演技も見当たらない。あるのはどっしりと据えられたカメラによる、明確な構図を持った映像。ドラマや映画、舞台で鍛えられた、プロの俳優によるいかにもプロらしい達者な演技。内田監督、大変身なのである。

無理なく入り込める 内田作品への入口が広がった

ストーリーはシンプルで分かりやすい。田舎の青年たちが都会から来た女に振り回される話だ。唯一の謎は、女の正体である。女は地元の老女の家に居候することになるのだが、"ワケあり"なことは誰の目にも一目瞭然。しかしどんなワケかは終盤まで明かされない。

この謎に観客の注意を引きつけたうえで、"起承転結"の物語が進行していく。ヒロインをはじめ、村に住む3人の青年ら主要人物も、一人ひとり順を追って紹介されるので、無理なくすっと頭に入ってくる。驚くほどオーソドックスな語り口だ。

いきなり現場に乗り込みカメラを向けたような「ふゆの獣」では、人物の一挙一動に目を凝らし、人物像や人間関係を懸命に読み取る努力が求められた。油断すれば、作品の核心部分を見落とすおそれがあるため、観客は全編にわたりスクリーンとの格闘を強いられた。それが内田作品の魅力でもあった。

しかし、それは、当然のことながら、観客を選別することにつながった。一部の映画狂には支持されたが、多くの観客を動員するには至らなかったのだ。もちろん、自主映画としての限界もあったろう。

本作におけるスタイルの変更は、これまで内田作品とは無縁だった観客層をも取り込む試みと言えるだろう。それは、決して観客におもねることではない。狭すぎた内田作品への入口を広げて、誰でも入れるようにしただけだ。作品の内部で繰り広げられる出来事は、実のところ、これまでとほとんど変わらないのである。

終盤、第4の男が現れ、映画は「ふゆの獣」を彷彿させるクライマックスを迎える。スタイルは変われど展開されるのは、まさに内田監督ならではの男女の修羅場なのだ。ただし途中には、ヒロインの入浴シーンなどサービスカットめいた箇所もある。もちろん通俗とはほど遠い映像だが、積極的に観客をひきつけようという意思は明白。著名な俳優も多数出演している。自主映画界のカリスマ監督から、観客動員力を持つ職業監督へ。いよいよ映画界の最前線へ打って出ようと、内田監督が果敢にチャレンジした作品といえるかもしれない。


「さまよう獣」(2013年、日本)
【ストーリー】ある集落。都会からやってきたキヨミ(山崎真実)は、老女(森康子)に拾われる。孫同然のマサル(波岡一喜)と3人で、静かに食卓を囲む日々。過去を語らず、時折哀しげな表情を浮かべる彼女の色香に男たちは吸い寄せられる。作家志望のシンジ(山岸門人)は自作の小説を贈り、農家のタツヤ(渋川清彦)はもぎたてのトマトを彼女の唇に運ぶ。戸惑うキヨミだが悪い気はしない。キヨミの様子を見ていたバーのマスター(田中要次)は自分のとことで働かないかと声をかける。マサルだけが、寡黙に食事の支度を続ける。そんな折、老女が倒れ、女を追って男(津田寛治)が乗り込んできた。
監督:内田伸輝
出演:山崎真実、浪岡一喜、山岸門人、渋川清彦、森康子、田中要次、津田寛治
2013年2月2日、渋谷ユーロスペース、大阪シネ・ヌーヴォ、名古屋シネマスコーレほかで全国順次公開。オフィシャルサイト

記事提供:映画の森

* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。

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