安保法案成立へ向けた与党の動きが加速する中、市民の反対運動もますます熱を帯びてきている。1960年、70年の安保闘争を彷彿とさせる風景だが、往時と違い、参加者は学生や組合だけではない。老若男女、さまざまな立場の人々が、自然発生的に集まり、大きな塊を形成しているのが特徴だ。
実はこのような形のデモは、今回が初めてではない。福島第一原発事故が起きた翌年(2012年)6月、約20万の人々が首相官邸前を埋め尽くした。関西電力大飯原発の再稼働を決めた政府に対する抗議行動だった。
デモに参加した社会学者の小熊英二は、これを記録に残し後世に伝えることが、学者としての使命と考え「首相官邸の前で」の製作を決意する。素材はネット上の動画を撮影者の許諾を得て使用した。映画製作は初体験だったが、ミュージシャンとしてCDの録音やミキシングをした経験があり、不安はなかった。
原発事故後に沸き起こった反原発運動が、徐々に参加者を増やし、最後は20万人のデモにまで膨れ上がる――。映画はそのプロセスを、デモに参加した8人の男女へのインタビューをはさみながら、淡々と描いていく。
映像のクオリティーに驚かされた。デモの参加者一人ひとりの表情が生き生きととらえられている。感情がひしひしと伝わってくる。マスメディアのカメラマンではない撮影者たちが残した動画のレベルの高さ。そして、それらを束ね、一点に収斂(しゅうれん)させた小熊の技量の高さ。100分超のドキュメンタリーには寸分のたるみもない。
原発事故当時の首相である菅直人をはじめ、インタビューに登場する8人もそれぞれ魅力的だ。これほど大きなデモが起きているのに、近くにいるはずの報道関係者が誰ひとり取材に来ていないようだ。現実を目の当たりにした吉田理佐(小売店販売員)の「気持ちの悪い国だなと思った」という言葉が印象に残った。そんな現状ではインターネットメディアが活躍するしかない。そういう時代になっている。そもそも反原発デモも、この映画もネット発なのだ。
「首相官邸の前で」(2015、日本)
監督:小熊英二
出演:菅直人、亀屋幸子、ヤシンタ・ヒン、吉田理佐、服部至道、ミサオ・レッドウルフ、木下茅、小田マサノリ
2015年9月19日(土)、渋谷アップリンクほかで全国公開(隔週水曜はゲストを交えたトークシェア上映を開催)。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。