韓国の国民的画家と日本人妻の70年にわたる純愛を追ったドキュメンタリー映画「ふたつの祖国、ひとつの愛 イ・ジュンソプの妻」が公開されている。「台湾アイデンティティー」(13)などで台湾の「日本語世代」を取材してきた酒井充子監督が、初めて韓国をテーマに取り組んだ作品だ。酒井監督は「時代や国を越え、愛し合った人たちがいました。韓国の人たちにもぜひ見てほしい」と語った。
沈黙が逆に過酷な半生を想像させる
イ・ジュンソプは1916年生まれ、日本統治下の朝鮮半島に生まれ、20歳で東京に美術留学。妻となる山本方子に出会う。二人は第二次世界大戦戦中、日本統治下の北朝鮮で結婚。その後朝鮮戦争がぼっ発し、ジュンソプは韓国、方子は日本と離ればなれになる。4年後、ジュンソプは貧しさの中、39歳で一人息を引き取った。
離れ離れになった4年間、ジュンソプは方子に200通に及ぶ手紙を送った。「わたしの大切なあなたへ」、「いつも君だけを心いっぱい」。独特な文字で綴られる熱い思いは、70年経った今も見る者の心を打つ。エネルギッシュな筆致は、牛を力強いタッチで描いだ代表作「韓牛」に通じる。しかし、ジュンソプの絵が世に認められたのは、死後20年を経てからだった。
日本に戻った方子は、幼い息子二人を女手一つで育て上げた。別離から60年たった13年。92歳になった方子は、かつてジュンソプと暮らした済州島を再訪する。車いすに座り、じっと海を見つめる。言葉は少ない。ジュンソプの記憶も、当時の様子も、方子はほとんど語らない。沈黙が逆に過酷な半生を想像させる。酒井監督は振り返る。
「話さないのではなく、話せない。ふたをしてしまったように、ピクリともしませんでした。無理に聞き出すのはやめようと思い始めました。彼女は話さないことが日常化したのだな、と」
二人の出会いから70年以上、ジュンソプの死から60年近くがたった。ジュンソプは現在、美術館も作られ「国民的画家」と呼ばれるまでになった。妻が日本人であることは韓国であまり知られていないというが、方子の手元には愛あふれるジュンソプの手紙が残り、今も二人の絆を伝える。酒井監督は語る。
「時代や国を越え、愛し合った人たちがいました。方子さんの姿をみると、日韓の歴史も見えてきます。時代を乗り越え、生きてきた彼女が今ここにいます。韓国の人たちにも作品を見てほしいと思います」
「ふたつの祖国、ひとつの愛 イ・ジュンソプの妻」(2014年、日本)
監督:酒井充子
出演:山本方子、山本泰成、キム・インホ、ペク・ヨンス
東京・ポレポレ東中野ほかで全国順次公開中。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。