辛酸なめ子の東京アラカルト#10 近未来のVRフィットネスでお正月になまった体を鍛錬
ついにフィットネスとVRが融合しました。TVで見た「イカロス」というフィットネスマシーンが宇宙飛行士の訓練みたいでおもしろそうで、さっそく予約して行ってきました。うつぶせ状態で両手両足を器具に乗せて、体を傾けたりして操縦します。自分の運動神経の悪さを忘れて、やってみたい衝動にかられたのですが......。
銀座のサロンへ行くと、VRよりも加圧トレーニングや幹細胞コスメを推している感が漂っていました。トレーニング室でテンション高くトレーナーと一緒にジャンプしたり、足を持ち上げられたりしている女性を垣間見ながら、アンケートに記入。
「私たちの身体はほとんどがアミノ酸でできていることをご存知でしたか」 「成長ホルモンは若返りや脂肪のつきにくい身体にしてくれることをご存知でしたか」
といった項目が気になりました。アンケートなのにテスト問題っぽいです。VRと加圧トレーニングのコースを受けるということで、着替えてトレーニングルームへ。
新しくてきれいなトレーニングスペース。ピラティスボールや他のトレーニングマシーンが並ぶ中、VRの全身マシーン「イカロス」がありました。
「日本にはまだ3台しか入っていません。ドイツ製のマシーンです」
とトレーナーさん。そんなに希少価値のある器具だったとは。でもあとで調べたら95万円で意外とそんなに高くありません。これからどんどん入ってきたりするのでしょうか。
これがまだ日本では珍しい「イカロス」。新春特別価格3500円で体験できました。
筋力不足でイカロスにはなりきれない自分を実感......
「ところでこのイカロスは体が鍛えられるんですか?」と、トレーナーさんに伺うと「体幹が鍛えられるくらいでしょうか。イカロス単体でトレーニングされる方はあまりいませんね。加圧などをやって、体幹を確かめるために乗られたりします」とのこと。ふだんトレーニングしてない素人ですが、大丈夫でしょうか。まずはVRに入らない状態でマシーンに乗って練習してみます。
「まずここに膝を乗せてください。それから前の方に体重をかけて......」
意外とグラグラして、前の方に傾く感じが怖いです。もっと体重を預けてアトラクションっぽく遊泳できると思っていたのですが。
「後ろに行かないでもっと前に体重をかけてください。お尻を前に。腰を上げて」
両手が痛い......。平行を保つのはかなりキツいです。
「すみません、こんな怖いとは。ちょっと無理かもしれません。想像していたのと違うような......」
とさっそく弱気モードに。
「手が痛いのは正しい姿勢じゃないからです。腹筋を使ってください」と、トレーナーさんに叱咤され、体勢をキープ。
痛みと怖さで挫折しかけましたが、VRのヘッドセットを装着すると、なんとなく覚悟が芽生えました。
VRのヘッドセットをつけながらおそるおそる乗っていきます。
そしてモニターの中に見える、エベレスト的な山脈の間を飛び回りました。イカロスといえば、小学校の音楽の授業で歌った哀しい歌「勇気ひとつを友にして」がよぎります。たしかイカロスは死んでしまうのでは......。そんな名称で大丈夫でしょうか。
「山に当たっても死なないから大丈夫ですよ!」
と、快活に語りかけるトレーナーさん。
絶対死なない。これこそがVRの醍醐味です。不思議なのは、さっきまでマシーンの上で傾くのが怖かったのに、VRのヘッドセットを装着して仮想現実になったとたん、恐怖が薄らいだことです。脳が別の次元に没入したようです。
「次は簡単なゲームで、飛んでいる時に出てくる輪っかをくぐります。右手のリモコンを中指で押せばスピードが出ます」
体を左右に傾けてスレスレでくぐるのが結構楽しいです。ただ肉体的にはキツいですが......。
飛んでいる時は恥ずかしいポーズですが、終わった後はわりと血行が良くなりました。
何回かプレイしてだんだんコツをつかんできました。現実もVR感覚で乗り切れば良いのかもしれません。映画「アバター」みたいに、私たちが現実だと思っているのは実際はハイアーセルフが肉体を装着して体験している仮想現実なのでは?
と、悟りそうになりましたが、続いての加圧トレーニングのなんともいえない血管痛と、VR後の全身の筋肉痛というリアルな痛みで現実に引き戻されました......。やはりまだ肉体からは離れられないようです。
1974年、千代田区生まれ、埼玉育ち。漫画家・コラムニスト。著書に、『消費セラピー』(集英社文庫)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『女子の国はいつも内戦』(河出書房新社)、『なめ単』(朝日新聞出版)、『妙齢美容修業』(講談社文庫)、『諸行無常のワイドショー』(ぶんか社)、『絶対霊度』(学研)などがある。
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。