米北東部マサチューセッツ州の港町、ニューベッドフォード。作家ハーマン・メルヴィルが代表作「白鯨」の着想を得た漁業の街である。「リヴァイアサン」は底引き網漁船に乗り込み、漁師たちの生活、引き上げられる魚、群がる鳥の群れなど、海をまるごととらえたドキュメンタリーだ。
人間がつつましく謙虚に感じられる表現
監督はルーシァン・キャステーヌ=テイラーとベレナ・パラベル。ともに映像作家で人類学者の二人は、船に乗り込み大海原へ向かう。危険と隣り合わせの漁は何週間も続く。夜。カメラは暗闇を縫う船体をとらえる。絶え間ないごう音。何かがぶつかり合う音が観客の不安をあおる。しぶきを上げて船は進む。
網が巻き上げられ、魚が次々甲板に上がってくる。カメラは魚体にぎりぎりまで接近。「表情」をとらえる。目をむいて口を開けた魚。口からはみ出た浮袋。海水に血が交じり床を流れる。生々しい映像には詩情やロマンチズムはない。
カメラは空中へ飛び、頭上を飛び交うカモメの群れに密着する。すさまじい鳴き声で船にまとわりつき、魚のおこぼれを狙っている。猛スピードで飛ぶ姿は黒い影となって空を覆い、不気味で得体の知れない別の生き物にすら見える。
今度はカメラは海中にもぐる。波立つ泡音。船体のきしみ。暗く口を開けた海は底知れない不気味さを漂わせる。上空から獲物を狙ってカモメが飛び込んでくる。生と死が隣り合わせの緊張感が、ぐいぐいと観るものに迫ってくる。
「リヴァイアサン」は、対象についての「説明」を極力排し、カメラを自在な「視線」に置き換え、独自の角度で海をとらえる。見慣れているはずの魚、鳥、海、空が、まったく別次元、別世界のものに見えてくる。紋切り型のドキュメンタリーとは一線を画す。
監督はこれまでのドキュメンタリーについて「世界を開示すると標榜しながら、実は声明にほとんど無関心で、ありきたりの言質、平凡な視線について説明するだけだった」と批判。「人間を生態学的、宇宙的文脈でとらえ直し、人間がつつましく謙虚に感じられる表現を目指した」という。
地球における人間に対して今までいた位置からではなく、まったく異なる世界の別の生き物として、生物の営みを見る「視点」を与えてくれる作品だ。
「リヴァイアサン」(2012年、米・仏・英)
監督:ルーシァン・キャスティーヌ=テイラー、ベレナ・パラベル
2014年8月23日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
記事提供:映画の森
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。