空飛ぶ黒い物体。忽然と現れる裸の男。奥原浩志監督の新作「黒四角」は、のっけから荒唐無稽な展開で、見るものをギョッとさせる。リアルな日常を淡々と描いた「タイムレス・メロディ」(99)や「青い車」(04)など、従来のスタイルからは考えられない監督の新境地である。
北京郊外の芸術家村。画家のチャオピンは、ある画廊で一点の絵画に目を奪われる。全面真っ黒に塗られた、「黒四角」というタイトルの抽象画。翌日、チャオピンは、その絵がそのまま飛び出したかのような、黒い四角の板が空を飛んで行くのを目撃し、後を追う。黒い板は地面に着陸して屹(きつ)立。しばらくすると、そこから全裸の男が現われる――。
70年の時を超える恋の物語
シュールな映像に思わず身構える。いったいこれから何が起こるのか? だが直後の展開に波乱はない。チャオピンは裸の男に衣服を与え、自宅へ連れ帰る。裸の男もチャオピンの好意を受け入れ、"こちら"の世界にすんなり溶け込んでしまう。
チャオピンは男を「黒四角」と名付ける。黒四角は日本人で、過去の記憶をなくしていた。そんな黒四角に、チャオピンはなぜか懐かしげな感情を抱く。やがて黒四角はチャオピンの妹リーホワと恋愛関係になる。急展開はここから。ある日、黒四角はリーホワの前から突然姿を消してしまう。黒四角にしか見えない一人の日本兵に誘われるように、黒い板を通って"あちら"の世界へと戻ってしまうのだ。
そこは70年前、日中戦争の時代。黒四角は日本軍の衛生兵として中国人の女を治療する。リーホワはこの女の生まれ変わり、チャオピンは女の兄の生まれ変わりなのだろう。つまり、3人は戦時中に出会っていた。兄妹が「黒四角」に懐かしさを覚えたのは、そのためだ。黒四角とリーホワは前世でも愛し合っていた。
70年の時を超える恋の物語。"あちら"と"こちら"を行き来しながら抒情を醸し出す手法は、ロマン主義的でもある。「聊斎志異」など中国怪異譚のムードも漂う。しかし甘いだけ、妖しいだけの物語ではない。中盤からは戦争を背景に死の影が濃厚となり、前半のイメージにも影響してくる。監督は仏教的な輪廻の世界を描こうとしたのかもしれない。
監督初の日中合作映画。日中戦争というデリケートなテーマを扱っているため、中国での公開が未定なのは残念だ。製作過程でも困難に見舞われたようだが、完成された作品を見る限り、結果的に日中のコラボレーションは大成功ではないか。「黒四角」を演じた中泉英雄が、中国人俳優たちと見事なアンサンブルを見せている。
「黒四角」(2012年、日本・中国)
説監督:奥原浩志
出演:中泉英雄、ダン・ホン、チェン・シーシュウ、鈴木美妃
2014年5月17日(土)、新宿K's cinemaほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。明文
記事提供:映画の森
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