今月発表された第86回米アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演女優賞を獲得した「それでも夜は明ける」。原作は南北戦争ぼっ発前、1853年に出版されたアフリカ系米国人ソロモン・ノーサップの回想録。米北部の「自由黒人」が誘拐され、南部で奴隷として生きた12年を描いている。
善悪の境が見えない、恐ろしいショット
1841年、米ニューヨーク。「自由黒人」のソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、バイオリン奏者として妻子と幸せに暮らしていた。ある日、ワシントンでのショーに出演を依頼される。ショーを終え、祝杯をあげ、酔いつぶれ──目覚めると手足を鎖でしばられ、小屋に監禁されていた。
しばらくして男が現れ、ソロモンに「お前はジョージア州で逃げた奴隷だ」と通告。むちで激しく打ちすえる。ソロモンは興行主にだまされたのだ。やがて船に乗せられ、ニューオリンズの奴隷市場に到着。名前を奪われて"プラット"とされ、農園主のフォード(ベネディクト・カンバーバッチ)に競り落とされる。フォードの「所有物」になったソロモン。地獄の日々が始まった。
米の負の歴史である奴隷制度を、奴隷にされた男の目を通し、真正面から描いた作品だ。前半はソロモンが誘拐され、売られ、奴隷にされる過程を描く。白人は黒人に容赦ない虐待を繰り返し、「商品」として全裸で市場に立たせる。人間としての尊厳を奪い、徹底した差別、服従を強制。家畜のように労働を強いる。
自尊心と教養あるソロモンは、あるじのフォードに気に入られる一方、大工のティビッツ(ポール・ダノ)に目をつけられる。理不尽な言いがかりにソロモンが手を出すと、ティビッツは激昂して反撃。ソロモンの首に縄をつけて木からぶらさげ、窒息寸前の拷問を加える。わずかにつま先で体を支え、命をつなぐソロモン。その苦しみと対照的に、背景では子どもたちが遊び、使用人が淡々と働いている。聞こえてくる鳥や虫の鳴き声。ロングでとらえられた日常風景は、当時の米国の狂気を象徴的に描き出す。善悪の境が見えない、恐ろしいショットだ。
その後、ソロモンは綿花農園を営むエップス(マイケル・ファスベンダー)に転売される。暴力で奴隷を支配するエップスは、若い女性奴隷のバッツィー(ルピタ・ニョンゴ)を寵愛し、もてあそんでいた──。
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