「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」
アン・リー監督「パイ役は16歳の素人。カメラに愛されると思った」
今年の米アカデミー賞で作品賞、監督賞など11部門で候補となっている「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2012)のアン・リー(李安)監督がこのほど来日し、東京都内で記者会見した。リー監督は「少年がいかに成長するか。神をどうとらえるか。純粋さ、空想の力とは何か。パイは万人を表す存在だ」と語った。
「ライフ・オブ・パイ」は、カナダの作家ヤン・マーテルのベストセラー小説「パイの物語」の映画化。インド人の少年パイがトラとともにボートで太平洋に流され、困難を乗り越え生き抜く様子を描く。大海原に展開する迫力の3D映像、温かく崇高な物語が印象的だ。2月25日発表の第85回米アカデミー賞では、12部門で候補となった「リンカーン」(スティーブン・スピルバーグ監督)とともに注目を集めている。
試練のなかで純粋さを失い、大人になっていく―。少年パイは「あなた」でもある
──監督はこれまで文化的なギャップや、他者とどう共存するかを描いてきました。今回の主人公は1人の旅する少年・パイです。彼のどこに焦点をあて、何を引き出し、物語にしたいと思ったのでしょう。
「パイ」には「割り切れない数字」の意味もある。パイは万人を表す人物だ。漂流して社会や人との交流を断たれ、組織だった宗教心も持っていない。海上で抽象的な意味での神と対面する。宗教心や信仰を持たない人が、神をどうとらえるか。「すべてを取り仕切る存在」と受け取るか、または「自分の中に存在する」ととらえるか―。私はパイをすべての人間を象徴するキャラクターにしようと考えたんだ。
パイは安全な環境で育ったが、楽園を失い試練を受ける。彼がどうサバイバル本能を使うか。"リチャード・パーカー"(トラの名)も1つの試練といえる。パイが純粋さを喪失し、いかに大人になるか。純粋さや空想の力とは何なのか。抽象的な力、愛情、哲学的な部分を描くのは大変だった。
あと、(作品の完成は)俳優の力によるところが大きい。脚本はとても抽象的で、色をつけたのは俳優だ。作品には父や母が象徴するもの、心理的なシンボルを盛り込んだが、それを私が解説してしまっては面白くない。映画を見て感じてほしい。
──パイ役の少年は演技経験がない素人でした。起用の理由と演出方法は。
(演出では)かなり鍛えたよ(笑)。「16歳のインド人スター」はいないので、新人を見つけるほかなかった。インド各地の高校を回り、3000人規模のオーディションを3回。台本読みやインタビューを経て12人にしぼった。(主演のスラージ・シャルマを)ムンバイで初めて見た時、「パイだ!」と思った。事前にパイの具体的なイメージはなかったが、彼はすべて持っていた。魂があふれた深い瞳。「彼はきっとカメラに愛される」と思った。
でも、彼は最初泳げなかった。デリー育ちで海を見たこともなかったので、3か月ほど水泳の訓練をした。撮影が進むにつれ、演技はぐんぐん上達したよ。最後は自分の内なる狂気と戦い、必死で正気を保とうとしているように見えた。私もあえて誰とも話をさせず、孤立させたので、どんどん精神的な世界に入り込んでいったんだ。
彼が純粋に状況を信じる姿を見て、私たちも初心に帰った。信じることの大切さなど、多くのことを学ばせてもらったと思う。
* 記事内容は公開当時の情報に基づくものです。